FC2BLOG 新・電子の花火と夢のあと |アンドロイドは電気羊の夢を見るのか?

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[C24] なるほど~っっ

素晴らしい学説です!

>もはやAIBOに至っては何の労働もしてませんし。

この辺りが特に(笑)


恋愛自体がコミュニケーションの一形態かぁ。
芸能人に恋する人達のは擬似恋愛って事だね。
更に言えば、二次元コンプレックスの人達は、一生片思いだね。

切ない話だ。(T_T)

[C25]

そういえば、AIBOって今はどこに消えたんでしょうか?
すっかり姿が見えなくなりましたが・・・。

芸能人であろうとアニメキャラであろうと、一方通行の想いには代わりがありませんからね。
それを切なく感じるか幸せに感じるかは、本人次第ではありますけど。
  • 2007-03-06
  • シーマ
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アンドロイドは電気羊の夢を見るのか?

たまにはゲーム以外の話もしてみようと思います。

海外アニメファンの疑問「ロボットに魂はある?」

この記事はなかなか興味深いです。
要約すると、海外のアニメファンにとってはアニメやゲームでよくある、生活の中に普通にロボットが溶け込んでいる世界が不思議でたまらないらしいです。

文化の違いを感じますよね。
例えばこのコメント・・・


・攻殻やラブひな、ちょびっつ、アウトロースター、メトロポリス、.hack signみたいなアニメだとロボットが普通の人間らしく行動して、みんなはそれを受け入れてるようだけど、私には理解できない。


日本には鉄腕アトムがあって、ドラえもんがあります。
特にドラえもんは子供の時に必ずと言って良いほど見るアニメで、あの作品ではロボットが普通に日常生活の中に順応していますからね。
日本人には、ドラえもんのような日常生活の中に自然な形でロボットと共存している世界観はかなりメジャーな概念です。
だから気づきませんでしたが、こういう世界観自体が海外の人には希有な存在だったのですね。

さらにこの事からわかる事は、海外では(たぶん欧米などの英語圏)ロボットが人間らしく行動しているのがおかしい、という認識のようです。
日本にはアトムやドラえもんがあるので、ロボットはパートナーという意識が強いですが、海外ではロボットはどんなに人間に似ようとも道具という意識が強いみたいです。
宗教的なものもあるでしょうけど、この意識の違いは本当に面白いですね。

例えばAIBOなんか、あれはロボットしては全然実用的ではないですもんね。
元々ロボットというのはチェコ語の”労働”という言葉からの造語みたいですけど、もはやAIBOに至っては何の労働もしてませんし。
ロボットという本来の意味から外れたところにロボットの存在意義を作ってしまった日本人というのは、ある意味では凄い民族ではないのだろうか、などと思ってしまうわけです。

だからこそ逆に、海外のアニメファンがロボットと共存する世界観をなかなか受け入れられないという話が新鮮に見えます。
こういう、自分の常識が他方では意外なものに映るというのはなかなか興味深くて刺激的です。


そしてもうひとつ、この記事には面白い事が載っていました。

・魂なんてないよ。なんでアニメでは当たり前のようにロボットが人間と恋に落ちるんだろう?

・ロボットと恋愛するなんておかしいよ!それは人間のものだよ。

ただ、アニメのほとんどは女型ロボットと男主人公の恋愛を扱ったものであり、ロボットというよりメカ属性の少女。「ロボット」よりも「女」であることが主軸になっており、宇宙人や獣人と同じく「あんた達、女の形をしてれば何でもいいんじゃない?」と言われそうな感じもします。



上の二つは海外ファンのコメントで、下の文章はコメントを紹介していたブログの管理人さんの記事です。
まあ、何というか、10年以上もオタクをやっている身にしてみれば耳が痛い話でw
確かに猫耳というのは”猫の耳を持った女性”であるから魅力的なわけであって、”身体全体が猫そのものの女性”は萌えの対象ではないですよねぇ。

例えば、『ハリー・ポッターと秘密の部屋』では、人の髪の毛を煎じて飲めばその人に変身できる薬というものをハーマイオニーが飲むわけですが、間違って飼い猫の毛を煎じて飲んじゃうって話があるわけです。
日本のマンガだったら猫耳少女になって萌えーって感じなのでしょうが、残念ながらハリー・ポッターは英国人が書いた小説です。ハーマイオニーは見るも無惨な全身毛だらけの猫そのもの少女になってしまいましたとさ・・・。

だからまあ、「あんた達、女の形をしてれば何でもいいんじゃない?」と言われたら否定できませんよね。
ビスケたんなどの擬人化キャラが人気出るあたりの事も考えたらw


個人的には人間がロボットに恋をするというのはあり得ると思うんですよね。
ただし、その時には二つの要素がいると思います。

・外見が人間そっくりであること
・人間と同じように人格と言えるほどの個性が存在すること

この二つがないと厳しいですね。

人間にそっくりである事は、当たり前でしょう。
メカメカした外見ではどうしても抵抗感があります。
まあ、中にはそれが逆に良いって人はいるかもしれませんけどw

そして二つ目、人格と呼べるほどの個性がある事。これが一番重要ではないのでないでしょうか。
人が人を好きになるとき、様々な要素があるでしょうけど、一番最低限の要素はコミュニケーションが取れる点であると思うのです。
つまりは会話の出来る存在。
自分が話したことに興味を示してくれる事、また自分自身に興味を持ってくれる事。
恋愛する上ではこの要素がなくてはならないものだと思います。

だからこそ、好きな人とずっと会っていたいし、会えなくても電話などを長々としてしまうわけです。
もしこのような事をロボットが出来るようになれば・・・十分恋愛対象として見れるのではないでしょうか。


逆に言えば、人が人を好きになるのは、コミュニケーションを取れる相手が人間しかいないからだと思うのです。
会話の出来る存在というのは、言葉によって相手を認識できるという事に他なりません。
好きという行為自体、、相手を自分のものにしたい、相手をもっと知りたい、相手にもっと知って貰いたい、という感情に基づいているものだと思うのです。
相手を知ることも、相手に自分を知って貰う事も、とても快感ですから。
でも、その欲望は不安定でちょっとでもすれ違うと凄く不安になる。
だからこそ、相手を独占したいと思うし、好きな人の事以外考えられないぐらいせっぱ詰まったりもするのだと思います。

そのような要素も持った存在が人間以外にもいれば、そのような存在に恋愛するという事は可能だと思うのです。


そういう意味では、ネット恋愛というのはある意味コミュニケーションさえ取れれば恋愛として成立する、というのを証明している例かもしれませんね。
いや、そもそも恋愛自体がコミュニケーションの一形態なのかもしれない。

そう言った意味で、人間がロボットに恋する事というのはあり得ると思うんですよ。
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[C24] なるほど~っっ

素晴らしい学説です!

>もはやAIBOに至っては何の労働もしてませんし。

この辺りが特に(笑)


恋愛自体がコミュニケーションの一形態かぁ。
芸能人に恋する人達のは擬似恋愛って事だね。
更に言えば、二次元コンプレックスの人達は、一生片思いだね。

切ない話だ。(T_T)

[C25]

そういえば、AIBOって今はどこに消えたんでしょうか?
すっかり姿が見えなくなりましたが・・・。

芸能人であろうとアニメキャラであろうと、一方通行の想いには代わりがありませんからね。
それを切なく感じるか幸せに感じるかは、本人次第ではありますけど。
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